「クジラは魚だ」の妥当性

「クジラは魚だ」

 これが間違った言及であることはごく一般的な常識であろう。クジラは哺乳類で、魚類ではない。
 だが、終生水の中で過ごし、ヒレをもって海を泳ぐクジラは、イヌやヒトよりはマグロやアナゴに近いのではないか。そもそもクジラが哺乳類であるということは恣意的に決められた、分類学のルールに基づくものでそれが妥当であるという根拠は特にない。故にクジラは魚だという主張も同じくらい妥当だ。

 上記のような主張はどうだろうか。これは永井均の『子どものための哲学対話』という本に出てきた猫のペネトレが言っていた話だ。本ではペネトレの言いっぱなしになっていたが、この話はもうすこし続ける価値があると思うので、今回はペネトレに反論をしてみる。

 まず、クジラを魚類ではなく哺乳類に分類することは生物学的に決まっていることで、定義なので間違っているとかいうことがない(ただし定義が不当である可能性はある)。それと、念を押しておくと「魚」という言葉は大多数の人は「魚類」と同じような意味で使っているだろう。では定義が妥当かどうか、である。かつて、クジラが魚に分類されていた時代もあったが、現代の分類学では、主に系統学的な理由から哺乳類に分類される。なぜかというと現代の生物学ではそう分類するのが一番便利だからだ。定義を変えたければ、生物学的にクジラを魚に分類したほうが便利な理由を(つまり今の生物学体系より優れた体系を)提示しなければならない。

 ここまでは、科学の立場からのごく妥当な主張である。しかし、クジラはその他大半の哺乳類とは明らかに異なった外見や習性を持っているので、むしろ魚に分類したくなるという直感も分からないでもない。だが、ペネトレが間違っているのはその点ではなく、現代生物学のルールに反するようなことを現代生物学のルールに乗った言葉を使って話してしまっているという点だ。つまり「魚」と言うとそれは定義されている言葉で、クジラは含まれない。もしクジラやマグロやアナゴをまとめて呼びたいのなら例えば「終生水棲性動物(しゅうせいすいせいせいどうぶつ、早口で10回言ってみよう)」とでも定義すればよいのだ。「クジラは終生水棲性動物だ」これなら何の矛盾も生じない。このような手順を踏むこと無く、従来のルールに乗った言葉で従来のルールに乗らない主張を行うのは、単純に矛盾としか言い様がない。